■MクデンM鐵ホテル(静岡県)その3

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ちょっと登ると最初の歌碑が現れました。「安東大和小学校 校歌」と書かれています。

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それぞれの学校の同窓生が、寄付を募って建てたようです。

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「安東高等女学校」と「安東中学校」の校歌。

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ヤングメンにはもうこの歌詞の意味がわからないでしょうね。
あれ、この歌碑よく見ると、獣が身体を擦っていった跡がついてますよ。やばみ〜!

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学校の名前が葉っぱに隠れて見えませんでした〜。しかし、明治43年の歌詞だけあって、「守備隊の過ぎし戦を偲びつつ」とか、先ほどまでの校歌よりさらに時代を感じさせますね。

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あたりが暗くなってきた上に藪がひどいので、歌碑はあまり発見出来ませんでしたが、さらに奥へ進むのは断念(イノシシとの遭遇も避けたいですし……)。ホテル側へのびていた小径を辿っていくと、屋上へつながる橋が現れました。

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屋上からはきれいに海が見えます。

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ちなみにこのホテル、私が訪れた2013年の時点では、休業中であって廃墟ではありませんでした。前出の近所のおばさんの話によると、警報装置がついていて何度かベルが鳴ったので通報したことがあるとのこと。実際写真でわかるように、まだ電気も来ている様子でした。

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とはいえ、この『MクデンM鐵ホテル』が復活することはもうないでしょう。満州で生活した記憶があって、ヤマトホテルなどに郷愁を感じる人の年齢は、ざっと計算すると最低でも現在(2018年)80歳以上になります(満州国がなくなったのが1945年なので、2018−1945で73年。ある程度の意味を持った記憶が残るのが、仮に小学校1年生=7歳くらいからとすればプラス7歳で80歳です)。
日本人の寿命が長くなったとはいえ、80歳を超えるとこのホテルまでやってくる元気がない人も多いだろうし、既に鬼籍に入ってしまった人も少なくないでしょう。
つまり、支配人であるS氏が亡くなったことは単なるきっかけでしかなく、遅かれ早かれこのホテルの存在する理由は失われていたということです。

END】

■DATA
静岡県
2013年5月訪問
満足度:★★

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Commented by at 2018-07-12 07:44 x
どう見ても怪しい宗教施設ですよね。
年々煤けていくのがなんだか寂しく感じます。
Commented by kuze007 at 2018-07-12 23:15
この外観だと普通の人はなかなか泊まりにくいですよね。
満州関係者でない宿泊客は、釣り人と珍スポマニアが少しいた程度だったそうです。

管理人のSさん夫妻はフレンドリーで良い人たちだったらしいので
今の姿を見ると本当に寂しい気持ちになります。
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by kuze007 | 2018-07-12 00:01 | 廃墟 | Comments(2)

廃墟・珍スポ・カオダシ看板・コンクリート公園遊具などの訪問&見物記録


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