■MクデンM鐵ホテル(静岡県)その2

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この『MクデンM鐵ホテル』は満州出身の実業家O氏が出資し、満州でO氏と同級生だったS氏が共同経営者として支配人を務めていたという話です。彼らはなぜここまで満州にこだわったホテルを造ったのでしょうか?
前述の通り、客の多くは満州関係者だったらしいので、最初からターゲットをそこに絞っていたため、ということは一つ考えられます。あとは想像でしかありませんが、満州で過ごした日々へのノスタルジーと、煌びやかであったホテルへの憧れ、そして日本へ帰ることができなかった人々への慰霊などといった理由があったのではないでしょうか。

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「Mクデン」(奉天)というのは満州語で「栄える都」という意味だそうです。「M鐵」については、万一知らない方がいたら歴史の本などで調べてみてください。

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「歓迎」の文字の下の空いているスペースには、団体客の名前などがぶら下げられていたのでしょう。満州の学校の同窓会などがよく行われていたようです。

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“DENON”ってオーディオのDENONのことですかね?

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入口の扉は固く閉ざされていました。
ガラスには「只今休業させて頂いております。平成22年7月」とO氏の連絡先が書かれた張り紙が……。

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ガラス戸から館内を覗いてみると、きれいな姿のままでした。天井が高いのは、ヤマトホテルなど満州にあった建物に合わせているのだとか。
ちなみに館内には満州の資料がたくさんあるらしいのですが、当然見ることはできませんでした。

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ホテルの裏山には130基以上、満州にあった小中学校や大学校歌の碑がある(ずっと増え続けていたので、最終的に何基建てられたのか確認がとれませんでした)という話を聞いていたので、登り口をさがしてウロウロしていたところ、どこからともなくご近所のおばさんが出現! 最初は完全に不審者扱いだったのですが(まあ、正解なんですけど)、持ち前の明るさでなんとかクリア。逆にいろいろ話を聞き出すことに成功しました。

そのおばさんに、このあと裏山の校歌の碑を見に行きたいと話すと、「昼間からイノシシが出て危ないからやめなさい」と結構強めに止めてきました。それでもちょっとだけと言って、ルートを教えてもらい、もう道がなくなりかけた竹藪の中を無理矢理登っていくことにします。

【つづく】

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by kuze007 | 2018-07-11 00:01 | 廃墟 | Comments(0)

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