■間々観音・龍音寺(愛知県)その3

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参拝方法として「乳型の石をたわしでなでて自分のご加護を受ける箇所にあてる」とあります。よく見ると「乳型の石」の上部がすり減っている感じじゃないですか。

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おびんずるさまの前にも乳型の石が。左右で形状が違うのは何か意味があるのでしょうか?

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寺額の下にも、文字が薄くなっていて読めませんけど、かなり古いものらしい奉納パイが掲げられていました。

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妙に生々しいおっぱい絵馬に目が行ってしまうかもしれませんが、この写真で見てほしいのは大きな額の方ですからね。
「小牧山で猟師が鹿を射たところたちまち岩になって、傍らに観音様が現れたので懺悔し出家して庵を結んだ」という、おそらくこの寺の縁記らしき絵物語が描かれていますよ。

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こちらは手作りおっぱい絵馬専用の掛所。それぞれ工夫を凝らした「作品」と呼べるような力作が目を引きますね。

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じっくり写真を撮りたかったのですが、境内を女性がずっと掃除していて(だから境内がキレイなんでしょうけど)、その視線が気になって写真2カットで早々に退散します。

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本堂から振り返って境内を眺めるとこんな感じ。

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境内の片隅に「守りさどこいく」という子守歌が刻まれた石碑が建っていました。よく見るとラクガキのようなおっぱい絵馬が……。

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そもそもこのお寺、ウィキペディアによると「創建は1492年(明応元年、※永正年間=1504年〜1521年の説もあり)。元々小牧山にあったが、織田信長の命令によって現在地に移されたといわれている。本尊の千手観音像には授乳の願いに御利益があるとされている」という、歴史あるお寺なんですけど、じつは最初からおっぱいを売りにした寺だったわけじゃないみたいなんですよね。

大竹敏之氏の著書「東海珍名所九十九ヶ所巡り」(デイズ発行・中部経済新聞社発売)によると、元々は馬の健康や道中の安全を御利益とするお寺だったそうです。

それが江戸時代に「乳飲み子を抱えて夫を亡くした貧しい女性が、村人から分けてもらった米を小牧山の観音さまにお供えしたところ、お乳がたくさん出るようになった」という伝説によって、お乳のお寺として信仰を集めるようになったのだとか。

さらに現在のような「おっぱい」がいっぱいな状態になったのは(「おっぱいがいっぱい」って「太陽がいっぱい」みたいな感じで響きがいいですね)、1976年(昭和51年)に当時住職となった岡田守生和尚の発案で乳型石像を設置してからだそうです。その後、平成になってから水の出る石像を設置したり、3D絵馬などを作ったりしたのも、すべて岡田和尚のアイディアだったようです。

私をはじめ、日本全国から参拝者が訪れているところをみると、この岡田和尚、かなりのヤリ手だったということでしょう。

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私も絵馬を購入しましたが、美乳になっても仕方がないので奉納せず、そのまま持って帰ってきました。

【END】

■DATA
愛知県小牧市間々本町152
2013年9月訪問
珍スポ度:★★★

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by kuze007 | 2018-01-31 00:01 | 珍スポット | Comments(0)

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